イタリア旅行記(14):サン・ジミニャーノ観光 [イタリア旅行]
今日は、また、イタリア旅行に戻ります。
シエナからフィレンツエに向かう途中にサン・ジミニャーノと言う中世の街がそのまま残ったような街があります。
シエナよりもずっと小さな街です。
街の名前は398年になくなったモデナの司教、聖ジミニャーノからとられました。街の発展はフランチジェーナ街道の建設に始まります。地理的にフランチジェーナ街道とピサーナ街道の合流地点に位置する流通の主要拠点で、また、聖ジミニャーノの遺物「指と指輪」が安置された聖堂への巡礼者が多く訪れる街として繁栄しました。
中世の街の姿をしていますが、特徴として、多くの搭がたっています。
当時貴重だったサフランの生産で潤った街は、二つの勢力に別れていました。12世紀初頭、町には10ほどの塔が互いの動きを見張るためにありました。対立は激しさを増し、貴族たちは互いに競い合って、次々と高い塔を建てました。塔の高さが、富と権力の象徴だったのです。当時の塔の内部を覗くと、空洞で実用的な機能はほとんどありませんでした。高さの競い合いがあまりにも過熱したため、14世紀始め、町当局は高さ54メートルのグロッサの塔を建て、これ以上高い塔の建設を禁じました。しかし今度は、双子の塔が出現。2つ併せると一番高くなるという訳です。こうして、塔の数がますます増えていったのです。13世紀には、72もの塔が建てられたそうです。現在でも14の搭が残っています。
しかしその後、ペストの流行と内部での権力争いによって町が衰退し、1353年にフィレンツェ共和国に組み入れられます。フランチジェーナ街道が利用されなくなったことで交通の拠点からも離れ、サン・ジミニャーノは廃れた街となりました。他の多くの街では塔は不要なものとして解体され、街の再開発が行われましたが、サン・ジミニャーノは経済的な余裕もなく、寂れていたため戦争などに巻き込まれることもなく、塔も街並みも13世紀から14世紀の状態を良く残しています。
街の周りには、まだ、城壁が残っています。
これが、街の入り口です。
これが、54メートルの搭、グロッサの塔です。ここでは、自由時間があり、搭の上まで登りました。
塔の上からの眺めです。
搭の高さの制限がされたために、二つの搭が立てられています。塔の高さとか、数を競い合うなんて、人間の馬鹿さ加減がよくわかりますね。
狭い路地が、微妙に曲げて作られていますね。
これは、有名な猪のサラミを撃っている店です。日本には、持って帰れませんが、買って、味見をしました。ワインのいいおつまみになりました。
このほか、色々なお店がありました。
ミモザが満開でした。
シエナからフィレンツエに向かう途中にサン・ジミニャーノと言う中世の街がそのまま残ったような街があります。
シエナよりもずっと小さな街です。
街の名前は398年になくなったモデナの司教、聖ジミニャーノからとられました。街の発展はフランチジェーナ街道の建設に始まります。地理的にフランチジェーナ街道とピサーナ街道の合流地点に位置する流通の主要拠点で、また、聖ジミニャーノの遺物「指と指輪」が安置された聖堂への巡礼者が多く訪れる街として繁栄しました。
中世の街の姿をしていますが、特徴として、多くの搭がたっています。
当時貴重だったサフランの生産で潤った街は、二つの勢力に別れていました。12世紀初頭、町には10ほどの塔が互いの動きを見張るためにありました。対立は激しさを増し、貴族たちは互いに競い合って、次々と高い塔を建てました。塔の高さが、富と権力の象徴だったのです。当時の塔の内部を覗くと、空洞で実用的な機能はほとんどありませんでした。高さの競い合いがあまりにも過熱したため、14世紀始め、町当局は高さ54メートルのグロッサの塔を建て、これ以上高い塔の建設を禁じました。しかし今度は、双子の塔が出現。2つ併せると一番高くなるという訳です。こうして、塔の数がますます増えていったのです。13世紀には、72もの塔が建てられたそうです。現在でも14の搭が残っています。
しかしその後、ペストの流行と内部での権力争いによって町が衰退し、1353年にフィレンツェ共和国に組み入れられます。フランチジェーナ街道が利用されなくなったことで交通の拠点からも離れ、サン・ジミニャーノは廃れた街となりました。他の多くの街では塔は不要なものとして解体され、街の再開発が行われましたが、サン・ジミニャーノは経済的な余裕もなく、寂れていたため戦争などに巻き込まれることもなく、塔も街並みも13世紀から14世紀の状態を良く残しています。
街の周りには、まだ、城壁が残っています。
これが、街の入り口です。
これが、54メートルの搭、グロッサの塔です。ここでは、自由時間があり、搭の上まで登りました。
塔の上からの眺めです。
搭の高さの制限がされたために、二つの搭が立てられています。塔の高さとか、数を競い合うなんて、人間の馬鹿さ加減がよくわかりますね。
狭い路地が、微妙に曲げて作られていますね。
これは、有名な猪のサラミを撃っている店です。日本には、持って帰れませんが、買って、味見をしました。ワインのいいおつまみになりました。
このほか、色々なお店がありました。
ミモザが満開でした。
雰囲気ある町並みですねー
上から見るとさらに面白い
by 花火師 (2009-05-01 00:09)
お客さんもいっぱいですね! (^^;
by いわもっち (2009-05-01 06:49)
猪のサラミ・・・食べてみたいです。^^;
by たいへー (2009-05-01 08:14)
おはようございます。
昔の家がそのまま残っている感じで塔からの眺めが良いですね。
by としぽ (2009-05-01 10:02)
イタリアは2回も行っていながら、南と北・・・・フイレンツェだのローマの真ん中に入っていないので、つい2~3日前に 「来年あたり考えるか」 って家で話し合ったばかりです
by toraneko-tora (2009-05-01 10:06)
日本でも戦禍を受けず、戦後発展から取り残された町が、今、観光資源としての価値が出てきましたね。
by SilverMac (2009-05-01 10:35)
ミモザ、きれいデスネ~^^
趣がある町並みって、外国であっても、
何故か郷愁を感じてしまいますネ。
by つなみ (2009-05-01 11:24)
こんばんは、葉池すればするほど素晴らしいですね。
全く様式は違っても日本にも素晴らしいもを守っていきたい気持ちに
為ります。洋のの東西を問わずに。いいお写真感謝ばかりです。
by 吉之輔 (2009-05-01 20:14)
花火師さん
同じ通りでも、地上からの眺めと上からの眺めは、かなり違った感じになりますね。
サン・ジミニャーノは。近代的な建物は全くないですね。
いわもっちさん
いいシーズンですから、お客様多いですね。
たいへーさん
サラミ、おいしかったです。
としぽさん
昔の建物ばかりですから、眺めはいいですね。
toraneko-toraさん
フィレンツエ、ローマ、シエナなどは、是非行くべきところですね。
SilverMacさん
寂れて、お金も無かったおかげで、古い建物を壊して、新しい建物が建てられず、それが、幸いしたと言うのは、皮肉ですが、いい観光資源ですね。
つなみさん
歴史のある建物は、いいですね。
by テリー (2009-05-01 21:04)
吉之輔さん
日本も、古いもので、いいものを残してゆきたいものですね。古い建物が、失火や、放火で失われることが多いのは、残念ですね。
by テリー (2009-05-01 21:06)
古い建物に挟まれた道が、ロートレックの絵画みたいでいい感じですね!!
ミモザはこの時期ですか、とても綺麗 異国のミモザ・・・それだけで
綺麗に見えちゃう(*'ー'*)
by aya (2009-05-01 21:19)
イタリアは、こんな街ですか、歴史を感じます。
やはり、一度は見てみたい!
ミモザが綺麗ですね、色が濃いようなきがします。
by せつこ (2009-05-02 08:43)
塔の上から見た町並みが美しいですね~!
昔に行ったドイツのローテンブルグの雰囲気と似てます。
by CARRERA (2009-05-02 12:47)
こんにちは。
すごい。
これは失ってほしくない文化ですね!!
by みみちゃん (2009-05-03 00:01)
ayaさん
イタリアの街は、歴史を感じさせる街が多いのですが、特にこのサン・ジミニャーノは、小さいこともあって、中世にタイムスリップした感じがします。
せつこさん
↑と同じく、イタリアは、歴史を感じさせてくれます。特にこの街はそうです。
CARRERAさん
そうですね。ドイツの街も、歴史を感じさせてくれる街がありますね。
みみちゃん
そうですね。人類の遺産ですね。
by テリー (2009-05-03 13:25)
グロッサの塔上られたのですね。
私は高台に上り街を見下ろしましたがグロッサの塔へは上りませんでした。
今度機会があれば上りたいです。
ミモザ綺麗ですね!
by yukitan (2009-05-03 17:59)
綺麗な町並み、洒落た「サラミ屋」さん、ワインも「当然」のようにあるのがようですね!思わず、呑みたくなりましたぁ~~~!^^!;;
by ulyssenardin36000 (2009-05-05 11:03)
いつかはイタリアに行ってみたいです。
by skullmania (2009-05-12 19:42)